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JEWEL

JEWEL

泪月の祈り 第1話

魏嬰が両性具有です、苦手な方はご注意ください。

雲夢国の王都にある蓮花塢にある王宮では、国王・江楓眠の生誕祝いの宴が開かれていた。

賑やかな音楽と共に、妓生達が華やかに舞い始めた。
江楓眠の隣には、王妃の虞紫鳶が仏頂面を浮かべていた。

「王妃様・・」
「あの子は、一体何処に居るの?」
「江澄様と厭離様なら池に居りますが・・」
「わたしが言っているのは、あの子―魏嬰の事よ!」
「申し訳ありません、魏嬰王女様は今どちらにおられるのかわかりません。」
「もう、あの子ったら・・」
王妃はそう言うと、眉間に皺を寄せた。
「王女様、いけません!」
「別に良いじゃん!」
「いけません、木登りなどしてお召しの物が汚れてしまったら、わたくし達が王妃様からお叱りを受けます!」
「黙っていれば大丈夫だって!」
そう言って女官達を慌てさせたのは、雲夢国王女・魏嬰だった。
この国には、江澄王子と厭離王女、そして魏嬰王女の三人の子供達が居た。
だが、国王夫妻と血が繋がっているのは、江澄王子と厭離王女だけだった。
魏嬰王女は、江楓眠が狩りの帰りに拾って来た孤児だった。
雪のように白い肌をしたその孤児は、男女両方の性を併せ持っていた。
名前もつけて貰えなかったので、江楓眠はその孤児に、魏嬰と名付け、実子と分け隔てなく育てた。
魏嬰は王女として育てられて来たが、母や姉のように刺繍をしたりするよりも、狩りに行ったり剣術の稽古をする方が好きなお転婆娘へと成長していた。
今日も魏嬰は黒地に金糸の刺繍が施されたチマの裾を捲り上げると、勢いよく木の上まで登り始めた。
「阿羨、そんな所に登っては駄目よ、降りていらっしゃい!」
「大丈夫だって、すぐに降りるから!」
「お前、いい加減にしろよ!」
「そうよ阿羨、お願いだから・・」
「二人共、大袈裟だよ。」
木の上まで登り終えると、不意に魏嬰の赤いチョゴリ(上衣)の胸紐が解けそうになった。
魏嬰はそれに気づいて胸紐を結び直そうとした時、体制を崩し木から真っ逆様に落ちてしまった。
「阿羨!」
女官達が悲鳴を上げる中、魏嬰は目を閉じた。
地面にぶつかる感触の代わりに、人肌の温もりを魏嬰は感じ、ゆっくりと目を開けた。
「大丈夫?」
そこには、琥珀色の瞳で自分を見つめている一人の少年の姿があった。
彼は喪服のような白いパジ=チョゴリ姿で、長い髪は結わずに流している。
「君は・・」
「あんた、誰だ!」
「魏嬰、藍家の第二王子様に失礼な態度を取るなんて、一体どういうつもりなの!?」
「王妃様・・」
「あなたが・・わたしの許婚?」
「え?」
これが、雲夢国王女・魏嬰と、姑蘇国第二王子・藍湛との出逢いだった。
「早く、この子を着替えさせなさい!」
「さぁ、王女様・・」
「忘機、彼女をおろして・・」
「このまま、姑蘇に連れ帰ります。」
「それはいけない、さぁ、おろしなさい。」
「嫌です。」
それから魏嬰が藍湛から解放されたのは、一時間経った後の事だった。
「お前は、どうしていつも問題ばかり起こすの!」
王妃はそう叫びながら、魏嬰の足を鞭で打った。
「ごめんなさい・・」
「謝っても駄目、お前がその心を入れ替えるまで、打ってやるわ!」
「やめてお母様、それ以上したら・・」
王妃に鞭打たれた足は、白い下穿きの上から見ても、血で赤く染まっていた。
「駄目よ、あなたが泣いても許してあげないわ!」
「やめて、お母様!」
痛みに泣き叫んでいる魏嬰を、厭離は思わず自分の方へと抱き寄せた。
「そこを退きなさい、厭離!」
「わたしが、わたしが罰を受けますから、どうか魏嬰を打たないでください!打つなら、どうかわたしを・・」
「嫁入り前の娘に、このわたくしが手を上げるとでも思っているの!?」
「それは魏嬰も同じでしょう、お母様!魏嬰も反省しているわ、そうよね?」
姉の問いに、魏嬰は静かに頷いた。
「この子をお風呂に入れなさい。」
「わかりました。魏嬰、行きましょう。」
「はい・・」
厭離は、魏嬰を自室へと連れて行った。
「可哀想に。」
「ごめんなさい・・」
「お母様は、あなたが憎くて鞭を打ったんじゃないのよ。あなたが心配で、危ない事をして怪我をしないかどうか心配だったのよ・・だから、許してあげて。」
「はい・・」
「阿羨、わたしが嫁いでも、お母様の事を支えてあげてね。」
「わかりました。」
「それにしても、藍国の小さな王子様はあなたの事に興味津々なようね?」
「そうですか?」
「仲良くしてあげてね。」
「はい。」
姑蘇の第二王子と、雲夢の第二王女との関係は概ね良好であるという報告を女官から受け、王妃は安堵の表情を浮かべた。
「良かった。これであの子も、第二王子を見習って大人しくなってくれる事でしょう。」
「はい。」
藍家の者が来て数日後、蘭陵国第一王子・金子軒と、厭離の婚儀が王宮で行われた。
「姉様、綺麗。」
「ありがとう。」
「もう、会えないの?」
「いいえ、たまには帰って来るから、そんなに寂しがらないで。」
厭離の婚儀から三月が経った頃、岐山温国が姑蘇国へ侵攻した。
「魏嬰、また会える?」
「会えるさ、きっと。だからさ、藍湛、俺の事を忘れないで。」
「うん、忘れない!」
「ありがとう、藍湛・・」
「魏嬰、必ず君を迎えに・・きっと君を見つけるから!」
藍湛は、涙を流しながら魏嬰と別れた。
姑蘇国は、岐山温国を雲夢国と共に撃退した。
しかし、その事を根に持った温若寒は、江楓眠が視察で地方へ行って不在の隙を突き、雲夢国へ侵攻した。
「一人残らず殺せ!」
「魏嬰、江澄と共に逃げなさい。」
「母上、わたしも共に戦います!」
「あなたはいずれ王となる身。ここで死んではなりません。」
「王妃様・・」
「早く、お逃げなさい!」
燃え盛る王宮に背を向け、魏嬰と江澄は漆黒の闇の中へと駆け出していった。
「魏嬰、こっちだ!」
「江澄!」
王宮の裏山を抜け、先に険しい崖を登った江澄は、太い木の幹にくくりつけた荒縄を魏嬰へと投げた。
「しっかり掴まれ!」
魏嬰は、険しい崖をあと少しで登り終えようとした時、荒縄が嫌な音を立ててちぎれた。
「魏嬰~!」
江澄は必死に手を伸ばそうとしたが、魏嬰の身体は川の中へと沈んでいった。
(誰か・・助けて・・)
「そうか、魏嬰王女は死んだか・・」
「江澄はどうしますか?」
「良い、放っておけ。」
「はい・・」
「雲夢国は滅び、清河国は我が国の領土と同じ事。後は、姑蘇国を手に入れるまで・・」
「父上、宴の準備が出来ました。」
「今行く。」
温若寒は、そう言って窓の外に浮かぶ満月を眺めた。
(この世で、わたしが王なのだ!)
美女と美酒に酔いしれながら、温若寒は死んだ筈の魏嬰王女が、川で瀕死の重傷を負いながらも生きている事など知る由もなかった。
「そんな・・嘘だ!」
「忘機・・」
「嫌だ・・必ず迎えに、迎えに行くと約束したのに!」
「忘機・・」
雲夢国が滅亡してから、五年の歳月が流れた。
「魏嬰、起きなさい!」
「う~ん・・」
「起きなさいったら!」
寝ていた魏嬰は布団を丸ごと剥ぎ取られ、床に転がってもなお寝ようとしていた。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
「わかったよ。」
温情から叩き起こされ、魏嬰は渋々とした様子で起き上がった。
「あぁ、髪がぐちゃぐちゃじゃないの!ほら、そこに座りなさい!」
「わかったよ。」
「それにしても、妓楼の宴席ではあんたはかなりお淑やかに振舞っているのに、こんなだらしのないあんたの姿を見たら、お客さんが気絶しちゃうわね。」
「そうだろうなぁ。」
「“そうだろうなぁ”じゃないわよ!さっさと支度なさい!」
「はいはい、わかったよ。」
「“はい”は一回!」
魏嬰は溜息を吐くと、温情に髪を梳いて貰いながら、身支度をした。
「さ、これで出来上がりと。」
「ありがとう。さてと、笛の稽古でもするかなぁ。」
チマの裾を摘まんで部屋から出た魏嬰は、妓楼の中庭へと向かった。
ここは、魏嬰の憩いの場だった。
家族を殺され、逃げる途中で川へ落ち、瀕死の重傷を負った魏嬰を助けてくれたのは、妓楼の主である温情とその弟である温寧だった。
二人は瀕死の重傷を負った上に記憶を失くしてしまった魏嬰の世話をしてくれた。
だが記憶を失くしたとしても、次第に妓楼の中で暮らす内に魏嬰はそれを取り戻していった。
妓生として、魏嬰はいつしかその美貌と才覚によってその名を夷陵の都に轟かせていた。
魏嬰の笛の音を、塀の向こうから聴いている者が居た。
「え、俺ご指名の客?」
「そう。失礼のないようにね!」
「わかったよ・・」
(この俺をわざわざご指名するなんて、一体何処の殿方なんだか・・)
「失礼致します。」
部屋に入ると、そこには一人の美丈夫が酒を飲んでいた。
「君は・・」

彼は、金色の瞳で魏嬰を見た後、自分の方へと魏嬰を抱き寄せた。

(え?)


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